

2012年アリスJAPANデビューの川上奈々美。長期専属として知られる川上は当初AV出演は聞かされておらず、当日現場で初めてAV撮影であることを知ったという。出発点から騙されていた川上はギャラ未払いにも苦しめられた。クリーンと思っていたダクションは小向美奈子も所属する、関東連合最高幹部・松嶋クロスと繋がりの深い事務所であった。史実では、マネージャーを務め、のちに事務所(MMR合同会社)社長となった河野哲大が2018年に松嶋及び(小向のマネージャーの)佐久間孝文と共に恐喝で逮捕されている。川上は2016年にマインズに移籍した後、2021年にAV引退を果たし俳優業に専念するが、スカウトから5000万円を請求される訴訟を起こされるなどAVの魔手は川上に執拗に追いすがるのだった。しかしそうした怒涛の日々を感じさせない川上のピュアな表情にはいつも驚かされる。この「自伝的小説」は、100%史実、というわけではないのだが、それでも印象的な場面は偽りないと判定した。川上の「虚実」について読み解いていこう。
川上奈々美と私の出会い
川上はアリスJAPANデビューにあたり、小向美奈子の「妹分」として売り出されていたようだが、業界情報の乏しいカタギの私は、単にメーカーの中での販売戦略に過ぎないと思っていて、まさか川上が松嶋クロスの息のかかったダクションの所属で小向の直属の後輩というイメージが全くなかった。それより「AVライターアケミンの旦那が川上のマネージャー」なる説をどこかで見かけて、川上がアケミンのイベントに出演しているから間違いないだろう!と、自分の中で一人合点していたことを記憶している。

デビュー作の「騙し」のAV撮影 ~川上の出発点はAV出演強要だった~
小説『決めたのは全部、私だった』(2022)では、スカウトされた奈々(川上)が料亭で事務所の人間と面通しした席にミミ(小向美奈子)、二宮会長(小説では「帝王」と呼ばれていたこともあり、松嶋の盟友・松本和彦をイメージしたが、モデル不明)、マネージャーのち事務所社長となるヤス(モデルは2015年にAV事務所・MMR社長となり2018年に松嶋と共に逮捕された河野哲大と思われる)の3人がいたことになっている。
なお、史実でも小説でも、初対面の川上は小向のことが誰かわからなかった。福井から出てきたばかりで世間知らずな川上はAV出演など夢にも思っておらず、異様なAVプロダクションも普通の芸能事務所だと思っていたようだ。
川上がAVだと気づいたのは「V」の撮影現場についてからだという。川上は「殺されるんじゃないかと思いました」と語り、生命の危険からハイテンションで「たーのしー!」と必死に笑顔を作って乗り切ったという(下記記事)。小説ではAV撮影について説明しなかったスカウトが悪い、という話になっていたが、こんな非道な騙し討ちを平然と行いながら、2017年ごろ盛んに「業界はクリーン」などと語っていたAV業界人・AVライターは一体なんだったのだろうか。

事務所・スカウトによる過酷なギャラ搾取とスカウトによる5000万円訴訟
川上は単体女優として相応のギャラをもらうべきだが、スカウトから振り込まれる給料は普通のOLよりも少なくなっていき、振込が途切れることもあったという(下記記事)。ギャラが事務所からではなく、スカウトから振り込まれる、という形式自体、特殊ではないだろうか。

なお、驚くべきことにこのスカウトは逆恨みからか「活動費」と称し5000万円の損害賠償請求をしてきたという。さすがに川上が勝訴したから良いものの、ニューゲート違約金訴訟2460万円請求を上回る高額請求には唖然とさせられる。
小説では訴訟の話はないが、ギャラが44万円から25万円まで下がったと記述されている。単体女優としては異様に低い給料である。これをマネージャー・ヤスに訴えるも、改善は見られず、奈々は不信感を募らせていく。AV出演強要の社会問題化の中、摘発を恐れたのか二宮会長はヤスを社長に昇格させるものの、給料の未払いは続いていった。
なお、この時期、ミミの全身整形の報道でヤスが写真に写ったというシーンが登場する。調べてみると下記のような写真がヒットした。

赤いジャージを着たAV業界人アウトローの逮捕の衝撃
そこで奈々は、事務所関係者として知り合った「恐ろしいオーラ」を持つ刺青男・今野(=松嶋クロスがモデルか?)に相談し男女の関係となっていく。だが事務所を辞めてフリーになろうとする奈々を今野は「AV村は色々と複雑だから」と引き止め、懐柔しようとするのであった。
そんな奈々のかすかな希望を打ち砕いたのは、ヤスと今野の逮捕である。今野は「赤いジャージ姿」でテレビ報道された。同時に逮捕されていることからわかるように、今野とヤスは一蓮托生であり、ヤスへの愚痴を聞いてくれていた今野の懐柔策は全てまやかしで、奈々の境遇が改善される見込みなど鼻からなかったのだ。

なお、史実を考えるとこの記載には違和感はあった。松嶋が赤いピーコックのセットアップを着ていたのは森・清水・イセドンを脅した恐喝未遂で捕まった2018年1月の逮捕である。
3月にAV事務所(MMRと思われる)から所属女優を風俗に引き抜いたとして恐喝した件で松嶋と河野が逮捕されたとき、松嶋は赤ピーコックは着ていなかったのではないか。

ヤス・今野の逮捕の報道を見て、自暴自棄になった奈々を救ったのはAV女優の友人・静香(神咲詩織と辰巳ゆいをmixしたようなキャラに思えた)の共演オファーであった。
さて、もう一点気になったところは、史実では2016年に川上はマインズに移籍しているので2018年の逮捕はその後という点だ。
となると、事務所移籍で川上が改名せずにすんだのはなぜだろうか?という疑問は残る。(それをいうと、同じくMMRからマインズに移籍したとされる南まゆも改名していないが。)wikipediaではMMR合同(マインズグループ)などと記載されているが、マインズとMMRの関係は不明だ。(マインズに取材しろよ、というツッコミはあるが笑)
小説の終盤は駆け足となっていくが、今野を追うように極道の道にのめり込み、松嶋と共に逮捕されたヤスは肝臓癌に冒され転落死する。では河野はどうなったのだろうか。インタビューで川上はこう語っていた。
「ヤスっていう人は本当に居ました。マネージャーで。だからモデルは一人ですね。亡くなっちゃったんです。(略)ヤスが末期がんで亡くなったっていうのは事実」

川上のマネージャーとして、ダクション社長として、または松嶋の舎弟のアウトローとして命を散らした男は、川上によって永遠に書き留められたのだ。
AV引退後の川上なな美
川上は2022年にAVを引退して俳優業に専念していく。2020年12月に立ち上げた個人事務所・ボアフルーツ合同会社について調査したところ、代表社員は兵庫県にある製造業の会社S社の会長F氏となっていた。強力な支援者の支援の元、結婚出産を経て、川上は第二のステージを見つめている。
アウトローに翻弄され、「クリーンな事務所」とは正反対の、極道がバリバリに経営する事務所で、騙しでAV出演させられ、ギャラ未払いもあったり、法外な「違約金」を請求されたりしつつも、したたかに立ち振る舞い、マインズ移籍を経て長期専属10年を歩みきった川上の表情は、ちっとも荒んでなくて、どこまでもピュアなままだ。
川上なな美にはAV村・マインズと完全縁切りして完全カタギになってほしい、という気持ちもあるのだが、現状はAV村と折り合いをつけながら俳優業を進める戦略で川上は考えているのだろう。私はサバイバーの考えは尊重すべきと思っている。
川上のようなAV被害は昔話では決してない。最近でもかさいあみやひなたなつなどがギャラ未払いの告発をしている。ギャラもまともに払えないなど、旧適正AVの枠組みの維持すらできないようでは更なるAV規制の強化は避けられないのではないか。川上の勇気ある告発を機に、AV村には更なる自浄作用の強化を早急に求めていきたい。
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